「あったかい……ですね」
「でしょ? 温めておいたからね。冷えてるだろうし、人肌くらいの温度がいいと思って」
座布団を敷いて座るサフィニアの隣に腰を下ろしながら、マリアローズは点頭した。「トマトの毛布じゃなくて悪いんだけどさ」
「な、なに、マリア……変な言い方して……」
「あ、顔赤いよ? 風邪引いてたりして」
「……いじわる」
サフィニアは指で毛布を掴むと、マリアローズの膝へかけてくれた。「寒い……でしょう」
宵闇の下でのサフィニアはとてもきれいで、見たなら誰だって照れてしまうような、優しい仕草だった。マリアローズは少しだけ顔を俯けたが、サフィニアを見ていた。「ありがと」
「……どういたしまして」
「月がきれいだね。それで起きてきたの?」
「ううん……偶然、目が覚めちゃって、喉が渇いてたから、それで……窓から、月が見えたから」
ああ、とマリアローズは得心がいって、あらためてテーブルへ目を向けた。「エルデンにしてはずいぶんいい眺めだよね。まあ、この家が無駄にでっかいからってのもあるんだろうけど」
「……でしょう」
「でも、ほんとに風邪引くといけないし、早めに寝た方がいいよ」
「うん……」
けれど、サフィニアは動く気はないようだった。「どうか……したの?」
「いや、喉が乾いたなーって、ちょっと取りに行ってくるね」
「……あるのに?」
「へ?」
「オレンジジュース……わたしの飲みかけだから、不吉かもしれないけど……」
「……あ、そう、だね。もらおうかな?」
不吉、とはなんだろうか。サフィニアには自分の非常な不運を気に病むくせがあり、彼女の来歴を鑑みれば尤もの原因もあるのだが、近頃はそこから離れつつあるように見えた。顔色も、数年前よりずっといいように思える。「……月見、という行事が、東方にはあるって……ユリカが」
「へえ、それってどうせ、飛燕に聞いたんだろうね、あの小猿、ホンット、生意気だよ」
サフィニアは口元を緩めて頷いた。「月影を見ながら……お酒を飲むそう、なんだけど……」
「風流だね」
「今度……皆でやってみない? お酒じゃなくて、料理で……楽しそうだと、思うんだけど……」
「いいね、それ。やりたい! そういえば今日の、ピーマンが入った炒めもの? あれ、すごくおいしかったよ」
「うん、新作……ユリカと二人で考えてみたんだけど、よかった……口にあって」
「最近、ユリカも料理に目覚めたってゆうか、上達したよね」
「楽しいみたい……一緒に作っていても、色々考えている、みたいで……面白いの」
「努力家だもんね、ユリカは。もともと器用なんだし、すごいもの作っちゃったりして」
「ありえる、かも……誰かに……喜んでほしいって、気持ちが……ユリカにはあるから……」
「そのおこぼれに僕らが預かれるなら、まあ、いいけどさ」
「誰か……というのは、一人には……限らないし……」
「……そうだよね」
「わたしも……マリアにおいしいって言ってもらえると……安心します……」
「や、サフィニアの料理はプロ級だから。見た目とかもすごいし。体重が心配になるくらい。あ、カタリの出したお菓子はまずかったけど」
「うん……手作りだったの、わたしたちが料理している間に、作っていて……カタリさんは、張り切りすぎて、しまったのかも……」
「作るのもたまにはいいけどさ、あれは二度と食べたくないね」
サフィニアがマリアローズの肩に凭れてきた。「眠くなっちゃった?」
「……そう、かも……」
見下ろすと、サフィニアは瞬きした。月の滴のような、繊細な睫毛が、かすかにふるえている。「明日も、晴れてたらいいね」
頬が緩んだのを柔らかな感触が伝えた。2011-05-24