「なあ、なあ、どう思う?」
主語がない、意味も判らない。あ゛、とつい柄の悪い声で答えるとベルギーは怯みもせずピッツァを齧っていたロマーノの目を覗いた。次の一口を防ぐためか腕も掴まれている。「うち、女の子らしくないかなあ」
「とととりあえず手を離せ!いてーんだよ!」
「あ、ご、ごめん」
この力からして彼女の望むものとはかけ離れている気がする。ぱっと開放した手を耳の辺りに掲げ、下ろすことを忘れたようにそのまま瞬きしていた。なんだこいつ。いやに惚けているように見えるが、今日は何かあったろうか。思いつかなかったし、たぶん、何もない。ただの一日だ。ロマーノは自分の畑に半ズボンの足を立たせていつもと変わらずトマトを見ていたのだ。なのに、唐突にやってきた少女は平然と畑に革靴で踏み入って、よくわからないことを言い出した。「で、」
「ぜんっぜん、らしくねー」
半ば自棄のように言い切ってやる。大体、日ごろから気に入らないのだ、この女は。あとからやってきたくせに身長はでかいし、ロマーノの好きな女の人に近い体つきで、なのに生意気だ。スペインも何か言えばいいのに、ロマーノがたくさん言う我侭と同様に受け流し、むしろ頼りにしている節すらあった。これは主観だからベルギーがたんに率直な物言いをする明るい少女だというのがロマーノにはわからない。が、とりあえず、気に入らないのだった。「・・・どうでそうなるん」
どこかの訛り。知らない土地のものだ。ロマーノは答えに詰まった。馬鹿力と言ったら傷付くかもしれないし、かといって思いつくことがないのだ。あくまで感覚的に、女らしくない、と認識しただけなのだ。「・・・ふん」
「なんなん、あんた、なんや!根拠を言えって言っとるんやで」
「じゃあ、なんでそんなこと気になんのかぐらい言え、このやろ」
「・・・言えへん」
「だったら黙れ。俺はトマトの研究がしてーんだよ」
「冷たいわあ」
ふん、と聞こえないふりをしてトマトの濃い緑の葉を観察していると、邸の方からスペインが駆けてきた。牛も一緒で、なかなかに速い。「お、おった!お前らもう昼食できとんで!」
「もうそんな時間かよ」
もともと昼時には近かったが、ベルギーのせいで少なくとも半刻は無駄にした。土に座り込んでいた少女を見咎めるが、ベルギーはロマーノなど見ていなかった。「ロマーノ、畑におってもその面なん?かわええのに、もったいないわー」
「うるせーつの!」
ベルギーは頬を押さえている。いつ頃からだろうか、状況からして相手はスペインに違いないが、少なくとも初対面のときは気丈に一国として向かい合っていたのをロマーノもスペインの側で見ている。すると、その後・・・闘牛でその力量を示したときか、収穫時期の熱心さにか、まさか、顔ではないだろう。不細工ではないが、スペインは表情に締りがなく、特にロマーノやイタリアを抱えているときなどはひどい、それはもう、間抜けで、口や目、体中から花が舞っているようなぬけさくな顔なのだ。「ベルも、はよ行かんと、ロマーノにチュロス全部取られるでー」
言って、スペインは牛を二人の方へ差し向けた。乗れ、ということらしい。妙な生き物で、うしーうしーと不可思議な鳴き声を上げている黒い被毛の体に、ロマーノはひょいと飛び乗った。まだ小さいし、手馴れた動作なので牛に負担は掛からない。しかし、ベルギーはどうだろう。重量の問題でなく、もし今のロマーノを真似たらさすがに牛も危ないが、ロマーノの知るベルギーならやりかねない。何といっても御転婆なのだ。それに負けず嫌いでもある。性質としては、そういうところだけは三人とも似通っている。たぶんスペインに影響されているのだろう。「気をつけろよ、お前。倒れたら怪我すんだからな、ちくしょー」
「おっロマーノが他人を心配しとるー優しいなあ」
「だから、うるせえ!しかも違うだろ、俺の心配をしてるだけだ!」
スペインはにやにやしている。ちろり、と身長のさほど変わらないその男にベルギーは目を向けて、全くスペインが見ていないのを確認した。ロマーノは軽口をたたきながらも覗き見ているのだが、それは気にならないらしい。まずはスカート(布を直線に裁っただけの簡易なものだが、農作業には全く不向きだ、するきがなかったのだろうか)を手で押さえ、軽々と足を牛のからだにかけて乗ってしまった。「ほな、いこかー」
何を見ていたのだろう、今の行動には何の言葉も無く、スペインは牛の前にたって歩き始めた。2009-06-14