「これはどないすればいいのん?」
愛想よく尋ねる頭上の声を受け止めて顔を上向けた。瞳が、鮮やかな春の色、といったら彼は「それって褒めとるんー? きれい?」と聞き返す、と思う。鈍く、又、比喩に疎い。ベルギーはふん、と頷き、そして、手元のワッフルを見つめた。好い香りだ、とろとろのメープル。「こっちやな」
指差して、彼が手にしたクッキーを移動してもらう。「あっという間やなぁー、一年て短いわ」
ふんふん、と鼻歌に満たない音を宙に浮かせて、スペインが喋る。時計をちらりと見たなら、すでに昼下がりを過ぎた四時、まだ窓の外は明るい。しかしスペインのお腹はくる、と鳴く、ときおり耳に入るほどに側にいるのである。「うちは、長いかなって、思うとったけど、あ、えっと、お祭とかで、急がしかってん、ほういうこと、です」
これで、完成と、パンケーキにチョコをかけて、布巾で手を拭いた。水分を吸い取らせて、スペインにも渡す。指を拭きながら、スペインはベルギーを見下ろして、「ほえ? ベルギー、そないなら今日無理せんでも、あ、休むか? 寝とってもええでー?」
「ちっ違うで、眠いなんて、思ってへんから、ほうやない、んやけど・・・いいです、気にせんといてっ」
思わず焦って、ベルギーは顔をゆるゆると振る。伸びた髪が首筋に当たってちくりとする。言ってしまえば、よかったかもしれない。どうせ笑って、抱きしめてくれる、腕。察してくれへんかな、とは、高望みか。「そうなん、大変やなーベルギーも。俺は割と気にせんからなー疲れたーとか、言ってくれへんとわからんから、素直に言ってなー?」
「でも、今は、本当に、平気や」
「そうなんー?」
「ふん、じゃあ、そろそろ運ぼ、お菓子」
「顔赤いで」
「ここ、暑いから・・・な」
「そうなんー」
同じことしか言わないへらへら口を、憎さ1割、愛しさ9割で、見つめてしまって。「おまたせーロマ、イイコにしとったー?」
お菓子やら、ワインやら、を並べていけば、果実柄のテーブルクロスを敷いた食卓が華やぐ。甘い小麦粉の香りがスペインの鼻腔をくすぐる。「うるせえ、俺を何歳だと思ってんだ、馬鹿にしてんじゃねー、チクショウ」
「えー年齢とか、もうわからんやろー俺だって自分のわからんもん。ぼけたんかなーまさかなー? お、ベルギーはロマの前に座ったれ、やっぱ誕生日やん?花のほうがええやろー」
「はいな、スペインはう、うちの隣に座ってなあ、ちゅうかスペインはまだ若いやろ、へーきや、禿げとらんし!」
「ベルギーの基準は髪なん?したらフランスがロリになるんとちゃうの、長髪やで」
「いや、ならへんやろ!どういう意味や」
「おい、ケーキ食わねーのか?食べねえなら俺一人で食うぞ!つーかフォークがないぞ!」
「ああ、ごめんなあ、忘れてもうた。今とってくるわ」
「ベルギーは動かんでええよー、今日は親分が頑張る日やから!なんせ子分が立派になった日やからなあ」
「なにはりきってんだ、別にスペインは何も偉くないんだぞ、俺が偉いんだぞ」
降りた椅子をベルギーが押してくれた。呆れるような笑い方。「ロマーノも、偉くは、ないやん」
「ベルギーも乾杯やー」
と肩を抱かれる。脇のほうへ頬を寄せる。項をスペインの癖がある髪がくすぐる。さらさら、ちょっと、気持ちがいい。「ワインは今年はフランスが作ったやつなんやでー」
「ふうん、どうりで、酒なんて持ってきたのか」
「え、いらんかったん?」
「んなこと言ってねーだろ。お前だったらどうせトマトだと思ってたぞ」
「この前遊びに行ったらな、これやるから祝ったれーってくれたんやで! うまい? どや?」
「なぁに顔キラキラさせてやがんだ!」
「あ、かっこよかったやろ、ときめいた? なあ」
問われても、答えられないほど、顔がふやけそうなほど、熱い。すぐ傍の、笑顔がこちらを見ているから。「・・・・・・どこか痒いん?変な顔しとるよ」
「あ゛ー、平気だぞ、心配すんなよ、
「せやけど、ロマーノのくるんがしおれとるときは、病気か不機嫌なときやって」
「一応・・・髪なんだからたまには普通になってるに決まってんだろーが」
「ふて腐れとる?」
美味しいものを自分のために振舞う家族、笑いの絶えない対話、それはとても幸せで欲しいものはなんでも手に入る子供のような誕生日みたいだ。心底そう思っている筈なのに目尻あたりがふるえてきて、喉から出ようとしない、自分らしい嫌みやら罵声やらはつぐんだ口のなかで詰まったままになった。2011-05-23