斧槍を湿った地面に突き立て自らもその横に腰を下ろすとおもむろにスペインは顎を掻いた。
「やっぱ向いてへんのや、こういうんはなぁ・・・」
だったらどういうんのがお前に出来んのや、と問われると反論が思い付かないのだが。「次はいつ帰ってくんだよ」
おい、と出がけに衣服の裾を強く引っ張られた。その手の持ち主は意地を張ってそっぽを向いているのだが、鈍感なスペインでさえ気づくほどに震えていた。「んー、早くて・・・一年ってとこやろか」
「なげえぞ」
「おっ、ロマーノ、寂しいんか?」
「ちげえ、その間の俺のメシはどうすんだよって話だろ!」
「可愛ないなー・・・」
うるせえ!と足を叩く力は弱い。そう、弱くて、だらし無くて、ほんま駄目な奴―――それだけでないことは、スペインがきっと一番わかってやれている。「まあ、そうやなー」
ふとにまにまと笑ったスペインをロマーノが潤んだ目で見上げて、「な、なんだよ、きもいぞちくしょーが」
「すぐ帰ってくるさかい、したらな、んー・・・お前の好きなもん作ったる」
すん、と鼻を啜った音がやけに響いてきた。建物に、ではないかもしれない。もしかしたら、スペインだけに。「そんなの、いつもと同じじゃねーかよ、ちくしょー」
それを肯定してしまうのはどうだろう。呆れた根性だ。かといって他に約束してやれることもない。この関係は何なのだろう。親分と言ったところで威張れるのは立場ゆえで、だから何々するなどとの必要性すら本当はないのだ。放っておいても、ひどく扱っても、まる。曖昧過ぎないだろうか。それとも当たり前か。センチメンタルやわあ、俺にしては。この血なまぐささが遠くから漂う空気の成せる業か。「おい、スペイン」
「ん?ああ、ごめん、ごめんなーちょっとぼうっとしとった」
「・・・ぼけっとしてんじゃねえよ」
こんなときに、とがりがり、何の音かと思えばロマーノのちいさな手がこちらの足を掻いていた。よくもまあこんな音が出るもので。感心するとどうじに手を握って離させる。片手ではトマトすら抱えられなさそうな大きさだ。「ちょっと、痛いで?」
説教まがいの口調で覗き込むと顔面に頭突き。不意打ちだったせいでいつもよりずきずきする。これも暫くはされ収め、というかどうか。死ぬわけでないし、とお返しのように頭を一度はたいてやり、「ほら、おまじないしたるから、大人しくしときー?」しだいに三角巾ごとぐりぐりと押してやる。「忘れんなよーふそそそそ、やでー。魔法の呪文とちゃうから、すぐには来てやれんけど」
「いやねーよっ、何の役にもたたねえぞそれ、効き目ねーし」
ほら、さっさと行けよ。 耳元に口を寄せるようにして呟かれた声。あ、もう無理かも知れん。思った瞬間ロマーノの顔を隠すようにてのひらで覆った。やっぱり小さいから、それで、大粒の涙がこぼれた瞳も、きつく結んだくちびるも、赤くなった鼻も顔も見えなくなった。「大丈夫か?」
あえて平然と。やっぱりこの子供でも恥ずかしいだろうから。「・・・ふん」
誤魔化すような言葉に満たない破片を舌にのせ、ロマーノは手に顔をすり寄せた。こうやっているときはすごく可愛く感じられるものだけれど。「んじゃあ、ほな、またなぁー」
身を翻し、いつもどおりに歩を進める。鼻をかむ音、ごしごしと布地に顔をこすり付ける音。耳を塞ぐわけでもなく、それは辛くないということではないが、ただ手ぇ洗いたくないわあと思った。すっかり赤くなった夏のような体温を、手から消し去るのは惜しかった。「待ってろなぁ」
我ながら弱々しいと思わざるをえない声が染みていくのは、異国の深い森だった。2009-05-11