何やんね、こいつ?
スペインが目を覚ますと、すぐ前に険のある顔の子供がいた。なにやら睨まれているのはわかるが何故かは想像も付かない。自分は寝ていただけだからだ。
「起きたのかよ」
「んー?なんかあったん?」
「何がだよこのヤロー因縁付けんじゃねえぞ」
なんでこうも口が悪いんやろか。スペインもまあ言葉がきれいだとか丁寧だとか、そういう部分は持ち合わせていないものの、ロマーノはそこの前に込められた感情が問題だ。本当に直球に不機嫌そうなのである。困って頬を掻くと「ちっ」と舌打ちを返された。「あーわかったで!お腹空いたんや、ロマーノ。ごめんなあ」
よっと横たわっていた草むらから半身を起こそうとすると、また引き倒された。「いたっ、て、お前、何すんねん!」
上からロマーノが飛び乗ったらしく、ちかちかする目の前は子分のエプロンと顔で占められた。「動くんじゃねーぞっ」
「は?」
「だから、そのままでいろ」
やけに真剣な顔だったから、うん?と疑問調で頷くとぽこり頭を叩かれる。痛くはないが少々腹が立つ。何があったのかと周りを観察すると、いつもどおりの田畑と広い地、そこに建つスペインとロマーノの家があるだけだった。「なー腹減ったんやないんー?」
「んなのトマト食べてれば平気なんだよ」
「もーホンマ何やんね・・・」
さっさと帰らせてくれんなら、チュロスやるのになあ。「いいから、じっとしてろよ」
脅すような声が口をきゅっと閉じて消えたと同時、スペインの脇に立ち、なにやら得心したふうで頷き、こちらの両足を纏めて抱え込んでしまった。「ちょ、お前何しとんの!?」
足を思いっきり引っ張られているらしい。子供の力とはいえ、力いっぱい込めているのかかなり痛い。ロマーノの顔も真っ赤だ。ずるずると草の上を引き摺られ、後頭部がそれを通り越して硬い地面の感覚を伝える。もしかして、俺、ぼこられてるん?ああ、お空が赤いわあ―――「おい」三十センチほど進んだところで平手打ちされた。「もういいぞ、さっさと帰って飯作れよっ、て、おい!」
「何やったん?」
振り返り、ぽかぽか足を叩く子供は抑えて今さっきスペインが眠っていた場所を見る。「見んな、ちくしょー!」
頭の後ろがいがいがすると思い触れると崩れた土が指に赤茶けた色を付けた。あー頭洗わんと、ならロマーノごと湖に引っ張ったっていいかもしれんわあ。「あー、あーそういうことか。お前、意外やなー」
「うるせえ勝手だろ、俺悪くないだろ!」
「ん!ええ子やなーほんまほんま、かわええわー!」
ロマーノの腕を引き寄せ「ちっ、手が汚れんだろ触んな!」言いつつ抵抗しないやつを抱え込んで頭を撫でてやった。わしゃわしゃ。「あ、髪に土がついてもーたわ、指で摘んだら取れん?」
「ま、まじかよ!とれ、すぐにだぞ!」
「おー大丈夫やった」
「当たり前だ!汚ねーのはいやなんだよ、女の人に引かれんだろーが」
「土まみれってのもおっとこまえって言われんやでー?ロマーノにはまだわからへんかも知れんけどなあ」
「馬鹿にすんな!それに嘘つくんじゃねー」
「嘘なんかついとらんけど」
「だってお前いつも薄汚れてるくせに、女の人に話しかけられてんのは見たことねーぞ」
「まあ、それは、例外っちゅーか・・・」
ははは、と苦笑いがこぼれると、腕の中のがきがによによしつつ「ばーか」と言った。本当にむかつく奴だが、悪くはない。かわいいところもあるのだ、こいつにも、幾つもあるのだ。「しっかし、気付かんかったわ、つばめかー」
「鈍いんだよ、スペインは」
「失礼やなあ、お前親分に向かって」
事実ではあったかもしれない。昼過ぎてふらふらと引き寄せられるように軒下に入り寝転んだときには頭上や壁のものには見向きもしなかった。「同じ親分でも大違いだな、あいつらのはさっきみみず運んでたぞ」
そう言われると腹は立つものの。「じゃあ、帰ろかー」
「ん、」
腕にロマーノを抱えたまま立ち上がると長々と地に体をつけていたせいかあちこちが少し痛い。そういえばこいつに引き摺られたのだった。意識すると腕が重く感じられる。まだ年のせいではないだろうから、そう、もうロマーノも大きくなった。まだまだ子供だが、それも長くはないのだろうか。楽しみなよーな、もうちょいがきのままでいてほしいような。「重いわー」
「じゃあ離せよ!」
「いややわーだってロマーノは俺の子分やからなあ、イコール俺が世話したるでー!」
「上から物見んな!」
「なあ、今日の夕飯何がええ?」
「・・・トマト!」
またそれかい、笑ってしまったが、悪くない。「よっしゃ、腕によりをかけて作ったるで!」
意気込みに腕を振り上げると揺れたなどと文句を付けられて頭突きを食らった。2009-05-11