カラーグラス

チョコレートが飛ぶように売れると二月に訪問した女は言った。どうやらそれに纏わるイベントがあるらしい、国が違えば祝日の意図は容易に変化する。日本の女子高生が姦しく店頭に集まったらしいこの真昼間、あちらではすでにベッドインしている夜中、ベルギーの手にした早くも余りもの扱いされている抹茶味の生菓子を食べてロマーノは「苦い」とこぼした。

「ほら、あんたには無理かもなあ、お子ちゃま」

「うえなんだこれ・・・売れねえだろ、つーか何はいってんだ」

「まっちゃっていって、あれや、グリーンティー?ゆうの、ずっと前に飲んどったやつ。んん、二百年くらい前かな」

「覚えてねえ」

「あはは。まあ、余るやろって在庫から持ってきたのん、あんないけど、まあ、物は試しや」

カフェをがぶりと飲み乾してからテーブルに頬杖をつく、向かいに座る女は平然とチョコレートを口にしてい、さすが自国の特産品、味に関係なく食べられるものかと感心したけれどすぐあとに乱ビックを喉に流し込んだところを見てお前もかと少し馬鹿にしたような顔になってしまった。

「なんや、そんな見んといて!」

「べっつに、変な目で見てるわけじゃねーんだからいいんじゃねえの?」

「そういうのは良くないやろー、なんや恥ずかしくない」

「知るかよ、あ、こっちはなんだ」

テーブルに雑多に箱や袋が散らばっており、どれもベルギーがこの家に持ち込んだもので、ロマーノはその埋まっていた中からコミック調の絵が刷られているパッケージをひきだした。漢字とカタカナが書いてある、アジアの菓子か。袋を裂くとキャンディがぽとりと落ちた。

「勝手に他のまで空けんなや、手癖悪い。いいんやけどなあ、うまい?」

口に放りこむと甘い。

「ん、ふへえぞ」

「何いっとんのかわからへん」

「うるへー」

と言い返して咀嚼すると歯にへばりついた。

「げ、うわ、なんかねばねばしてんぞ!?」

「ほれなあ、ミルキーってゆうたかなあ、日本がくれたんや、チョコ味やって」

「ふん、日本にしては変わった菓子じゃねーのか、うまいけど」

「それのキャッチコピーな、マンマの味、なんやて」

「どんな味だよ」

「噛んどったらわかったんやないの?うちは、よくわからんけど。まあオトナやし?」

言いつつまた泡の立つジョッキを口に運んで、唇を白くしてからハンカチで拭った。こんな大人はいやだと思うものの、すでにロマーノも二十代の半ばに差しかかる人の姿を取っているし、彼女の笑うように大きな年齢差があったのはもう随分と昔、貴族が緑茶を飲んでいたよりも前かもしれない。とみに発展していた昔のベルギーは国力のゆえか人としての成長も早く、ロマーノはスペインを手伝うベルギーをしばしば見た。トマトの収穫を始めたときも、高い枝ぶりはいつのまにかベルギーが世話をしていた。気に食わなくて暴れるようなところは若さからくる過ちではなく今も変わらないロマーノを、姿の変わらないベルギーは同じ目線で見つめかえした。彼女はとても背が高い。

「ばばあの間違いだろ」

「あんたはがきやからね、ほう思うんや」

腕を組みなおして斜めにベルギーを見ると、窓際に置いたテーブルだから自然と陽光が降り、スペインが新大陸から届けられた金を山ほど積んだのと同じ色が揺れた。南イタリアには少ない金髪が視界の端にちらつく。ひよこみたいと言ったらベルギーは傷つくのだろうか、ナンパは好きだが成功率がどうも低い。
怠惰にテーブルの体温を頬で感じる。人肌というものを衣服からはみ出ている部分でしかロマーノは知らないが、少なくとも冷えてはいないだろう、ビックフットであるまいし。ベルギーは泡を口に流し込みつつ、今度は板チョコの銀紙を破いた。ビリビリという硬質な雑音が耳につく、どちらかといえばいやらしい音だと思う。身を現したのは黒に近い茶のチョコレートで、見るからに苦そうで想像して顔を顰めた。そして考える、もしかして、こいつ、ぶってんじゃねーのか。意地を張るのはロマーノの癖だし特徴、と思わなくもないが彼女のそれもそうなのか。うち、大人やからあ、な?言いたげな顔に見えてきた。実際は、もう大して変わらないだろう背格好に成長の兆しを散りばめるのは一種の滑稽さがあり、案外虚しくもなるかもしれない、しかしそこまで深読みしなければただ単に可愛げのある動作で終わる。そう言い切りたい。色眼鏡をかけてベルギーを上目に見、するとすこし口うるさくてつり目の、金髪が魅力的、豊満な体つきといえる活発な性格、ただし姉御肌、とまで読みとって、頭を叩かれた。

「しつこいわー」

眼鏡だったかサングラスかコンタクトレンズか、衝撃でそのどれかだったかは外れたが、視界に何の変化もない。ああそうだった、とロマーノの目には前からそのように映っている。
言ってしまおうか。
今食べたチョコレートの折れた部分に、ちいさな前歯の噛み跡があった。

「なあ、夏になったら」

「ん?」

「ど、どっか、一緒に行かないか」

よし言った、と鼻息荒く安堵に顔を赤くすると、ベルギーがふきだした。陽光に輝かないのは天然ものだからか、糸のような細い髪がくるくると揺れるのだけに神経を向けて、表情を見ないようにしている。

「なんやそれえ、どもっとる上に、なんか格好悪くないけ?」

「う、う、うるせっ」

思っていたよりもあっさりと、落ちたことばを拾い集めるかわりに、唇の動きが収まらない。
マンマまじ助けてではないが飴をもう一つ口に入れたのもやはり動揺の表れということにされてしまうのだろうか、困ったことに反論がない、しかし認めたくもない、何も言わずにいると顔に胸が当たり柔らかかった。髪に指通しし頭を撫でているのだとわかったのはあとだった。ベルギーは片手を口許に当てて、笑うというより、笑うのに耐えて震えている。

「うん、ええよー」

果たしてそれは軽々しい返答であったのか、迷うものの、言質を取ればこっちの思うまま。
何百年間振り回された弟分が、そう賢く立ち回れればの話ではあるのだが。

2009-08-07