kirap!


ぬるい室温がまどろみを誘う午後。アサイラム内のモリーの私室には子供が二人。

「そういえばな、」

くすんだ金髪を切り揃えた、深い青の瞳を持つベアトリーチェが真っすぐにもう一人の顔を見た。

「なに?」

返したのは薔薇のように赤い髪に鮮やかなオレンジ色の目が印象的な、女みたいな顔をしているのに

「女じゃない」

、マリアローズ。声には幾らかとろりとした眠気が滲んでいる。丸椅子に座った身体もわずかに壁へ傾いているようだった。

「同僚に聞いたんだが、」

空気を揺らすような、躊躇いながらも、振り絞られた声。

「新しくケーキ屋ができたんだ」

「へえ、どこ?」

「ヌー・ベイルの側だったはずだが」

マリアローズは頭の中に飲食店街グラトン・アレイを思い浮かべるが、それは、しかしはっきりとはせず、靄がかかったような風景だった。
うーんと考えてから瞬きし、視線を目の前に合わすと、ベアトリーチェがなにか言いたそうにしていた。

「い、い、一緒に」

ぎこちない言葉が、ゆっくりとベアトリーチェの唇から紡ぎ出される。

「あ、行こうか。ついでに服とか見てさ」

そういえば何とかのビルに何とかという店が出来たのだとか、新しい服が飾られていたとかそういった情報を伴ったマリアローズの話は―――生憎ベアトリーチェには上手く聞き取れはしなかった。もともと衣服を頻繁に買う生活をしてこなかったせいもあるのだが、今はただマリアローズとケーキ屋に行くことだけを考えていたからだ。私は不器用なのかもしれない。

「あ、ああ、それもいいな。友人としてだぞ」

わざとらしかっただろうか。一部を強調したベアトリーチェにも、マリアローズは問いかけるだけだった。

「じゃあユリカとサフィニアも誘う?」

「お前・・・」

落胆のあまりため息を零しそうになり、分かってて言っているのかこいつは、とベアトリーチェは吐き出そうとした息を隠して頬を含まらせた。本当に、小さく。意地っ張りな彼女らしく俯いた状態で。
そもそも私は何を判っているんだろうかと思ったりもする。“友人”と買い物に行くのなら、人数は多いほど楽しいはずではないのか。
うん、分かってるんだけどね、からかうのが楽しくて。ベアトリーチェは優しいから。マリアローズも本心は口に出さず言う。

「二人で行こうか」

次の瞬間、ベアトリーチェの顔が林檎みたいに赤く染まり、こくこくと素早く首が縦に振られた。
いつにするかと話しているうちにドアが開き、この部屋の持ち主であるモリーがやってきた。ベアトリーチェにとっては母であり、マリアローズの友人である彼女はこちらへ笑いかけてくる二人を見たのち、にんまりと艶めかしくも悪戯っ子のように口許を緩めた。

「お昼食べにきたんだけど、ほらリーチェが作ってくれたお弁当ね―――お邪魔だったかしら」

「いえ、そんな母様・・・そもそも何の邪魔だと言うのですか!」

「モリーはなんでも茶化すんだから」

ねえ、と首を傾げた先の少女は戸惑っていて。どうにも眠気が消えないマリアローズに、少し怒っているようにも見えた。


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