ベティは背後について来ているはずの青年へと振り返った。人通りの多い路の中でも、その青年はぽっかりと浮かび上がっていた。言葉は悪いが特別製のお人形みたいな容姿に、冷たそうにさえ見え る薄青色の瞳。やはりと言っていいのか、アジアンは立ち止まっていた。そういう予感はした。もともと足音など聞こえてはいなかったが、気配というのか。さっきよりもずっと遠く感じられる横顔 に、呆れとその他幾つかの感情が篭った顔をしてベティが近づいていくと、アジアンはそれを気にも留めず首をかしげた。ベティに向けられた疑問符ではなく、偶然側へ寄った、そのときの行動だっ た。あいつはひとつのベンチを見つめていた。人ごみに覆われているはずのその向こうにあるベンチには、“美少女”が二人。買い物袋を互いの脇に置き、アイスを食べている。一人は知ってはいる が話したこともないアサイラムの少女で、もう一人は―――不本意なことこの上ないのだが、隣にいる男の好きな人、というやつだった。思わず眉を顰める。どうしても好きにはなれない理由は幾つ もあるのだけれど、そしてどれもある程度には正当であって、だが今口に出すのは躊躇われるどころか絶対に言えない類のものだった。 唇を舐めると、会話を交わしていなかったそれは少し渇いていた。

「急に止まらないでよ」

アジアンは黙って一点を見つめていた。勿論、視線の先には赤毛の子供がいる。人ごみなど男の目には見えていないようだった。
そういえばあいつがあの子をストーキングしている、という話を前に聞いた。そういう時も、こんな感じでじっと見つめているのかしら。意外としか言いようのない、そして不愉快な頭領の姿に、ベ ティはついにため息をついた。羨ましいとかそういうことではなくて。

「・・・マリア」

「それがどうしたのよ」

「ん、久しぶりに会えたと思ってネ」

“会えた”。言語としておかしくないだろうか。知り合い―――なんてものではないだろうが、それは何度も見せ付けられたので―――が視界に入ってきただけで“会う”ことになるのだろうか。こ いつに常識は通用しない。見た目は華奢と言っていいぐらいなのにザルだし、何メーテルも跳躍できる。特にあの子に関しては、異常な行動に出ることもしばしばで、前にはベティも巻き込まれた。 ストーキングするこの男の姿はいまいち想像しかねるのだが、納得できてしまうのが嫌なところだ。

「もっと近づくの」

「いや、一人じゃないみたいだしサ―――さすがに僕でも、ネ」

あいつにはもう一人の子供を覚えていたのか。少しばかり驚いた。アジアンは案外、猪突猛進型でもある。あの子に対しての執着や独占欲は表に出さない部分も含め、目に余るものがあったのだが。 腐っても鯛とでも表すか。何十人もの変人を束ねる身であれば当然のことなのだが。
ベアトリーチェはアジアンが直々にSIXの元へ運んだ子供で、今ではあの子と友人関係にある。ベティが見るに、というか多分誰でもわかるだろうが、あの子へ恋愛感情を抱いてもいる。つまり、ア ジアンにとっては恋敵と言ってもいい少女だが、諸々の事情で安易に近づくことも出来ない。だからアジアンも躊躇っているのだろう。今更ではないかと思ったりもするが。
ならいいでしょ、と言いかけたベティの目に、信じられない光景が入ってきた。

「ああ、もう・・・」

ベアトリーチェの口許についたアイスをあの子が拭い、それを舐め取る姿。
子供じゃないんだから。
どちらに対して思ったのか、ベティは二度目のため息をついた。幸せが逃げる行為とも言うけれど、これ以上状況が快くないものに変化することはないだろう。
アジアンはベンチに程近い場所に生えた木の後ろに隠れて、二人を観察している。マリアローズたちに向けられた視線は決して陰湿なものではないのだが―――ひどく冷たい瞳だった。
阿呆らしいわね。
どうするべきか思案したベティが選んだのは、アジアンを放っていくというものだった。
何の気まぐれか、暇だったとかかもしれないが買い物の荷物持ちをすると言い出した男を引っ張り出してくるのには苦労した。ナツコ辺りに知られたらそれこそしつこく問い詰められるに違いない。
勿論、口を割ることはないがまた身体的特徴を揶揄されるのだけは我慢ならない。
その努力を無に返されたのだ。腹立たしいことこの上ない。別に、あいつと出掛けるのだけが幸せではないけれど。当たり前だ。リキエルだって買い物に付き合わせることもままある。そう、あいつ じゃなくてもいいのよ。ただ弟みたいなものだから、珠には外に連れ出そうと思って。はい、嘘。
悶々としつつ最後に一度だけのつもりでベンチへ目を向けると、見えたのは“マリアローズを木陰で見つめるアジアンを背後から観察しつつベティに手を振る眼鏡の青年”だった。
分かっていたけれど、昼飯時は変人だらけだと再確認した。ええっ、あれ、嘘じゃないわよね。あいつがストーカーされてるなんて。見越したようにヨグはウインクをしてみせた。


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