「急に止まらないでよ」
ベティだ。そうだ、今日は買い物に付き合うと言った気がする。彼女にはつい最近も迷惑をかけてしまったから、そのお詫びの意味もあった。お詫びなんていいのよ、と言ってくれるかもしれないが 。頭の良い女だから、その行動にある一定以上の感情が込められることがないことにも気付いているだろう。まあ仕方ないことだ。「マリアが」
ベティが続きを促したとき、マリアローズが隣の少女に笑いかけた。悲しくなる。けれど笑った顔はとても可愛い。緩んだ口許には楽しそうな感情が見え隠れしている。その微笑がボクに向けられた ものであれば、どれだけ殴られたって構わないのに!マリアローズはアジアンに対して甘い態度は取ってくれない。それもまた可愛いのだが、やはり笑って欲しい。最近は、会った頃より格段に距離 が縮まったのは錯覚ではないはずだ。マリアはボクの手を握ってくれた。やはり小さくて、冷たいアジアンの手を温めるような体温が心地良かった。そう、幸せだ。「久しぶりに会えたと思ってネ」
マリアが笑って、何かを話して、少女をからかって、楽しそうにしていて。快活そうな表情も、アイスを口にしてその味を舌に乗せたときの笑みも、全部だ。愛おしい。顔が緩んでるわよ、と呆れた 声。仕方ないんだヨ、マリアがいるんだから。そう口に出すのはさすがに躊躇われた。マリアローズの可愛さは言葉にするのが難しいし、他人に教えるのも惜しかった。「まりあ・・・!」
小さく呼びかけるも、周りが煩すぎて声が届かない。そう、それでいいはずなのに。「ベティさん?」
またもや記憶から消えていた仲間の名前がマリアローズの唇から零れた。どうやら喧騒の中で背中が見えたらしい、女の名を口にした友人―――とその子供が思っているのかは怪しいからこそアジア ンは警戒しているのだが―――に対し、少女は頬を膨らませた。「誰だ、それは!」
「や、ちょっとした知り合い?なんだけど、なんで怒ってるの?」
「それは・・・内緒だ」
マリアローズは何か感じ取ったのか苦笑した。当然だネ、マリアはボクのもの(になる予定)なんだから!アイスごときで勝てる訳がない。そう、友人に対する行動としてあれは間違っていなかった 。もし昼飯時でアイスを口の端につけている奴がいてもアジアンが拭ったりすることはないだろうが。ダリエロとかだったら喧嘩を売っているのだと勘違いされそうだ。「頭領、こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
「・・・見て分からないのかい」
「地獄の使者みたいな声ですよ。勿論、比喩的表現ですが。別の言葉で表すとすると、何でしょうね。草葉の陰から見守っている感じですかね?文字通りじゃないですか」
「よく喋るネ。なぜキミがここにいるのかな。僕をつけるのはやめろと言っただろう」
「本当暗いですねえ。偶然ですよ、ぐ・う・ぜ・ん。少し鬱陶しい言い方ですね。僕の趣味は散歩ですから」
本当だろうか。ストーキングされるのは、あまりいい気分はしない。アジアンがマリアローズをつけるのは別だが。そもそもボクはストーカーじゃない。見守っているだけだ。その義務がある。 無言の抗議にヨグは気を悪くした風もなく、アジアンの視線をなぞった。「元気そうで何よりですね。僕なりに心配していたのですが、あの子までつけたら頭領にのされてしまうでしょうから」
「当たり前だヨ。なぜマリアに人の目を気にするような不自由を押し付けなければならない?」
ヨグが笑った。それに含まれているのは好ましい類のものだったが、アジアンは憮然としてもとより見ていなかった男からさらに目を背けた。「今日のあなたはやけに好戦的ですね」
「ボクだって好きでこんな調子なわけじゃないサ」
「わかるような気はしますが」アジアンと少し距離を置いて話すヨグの声には、疑問符。「あの子は友人じゃないですか。いくら仲が良さそうとはいえ―――」木に寄り掛かる頭領の様子を見たのかそこで思案の間が空いた。「複雑なところですねえ」
キミに何がわかるんだ。そう言いかけた口の端を小さく噛み、これは八つ当たりだと後悔した。仲間に当たるなど、馬鹿なことを。「いやあ、僕は頭領の味方のつもりですが」
弁解のつもりか唐突に言ったヨグは親指を立てて見せた。一体何を真似たのやら。「そんなものはいなくても大丈夫だんだけどネ」
マリアローズが食べているのはどうやらストロベリー味のようで、美味しそうに食べている姿にこっちまで笑顔になって、ヨグの面白がるような笑い声も気にならなかった。「興味深いと言うか、こんなアジアンの姿は余り見せられたものじゃないですけど」
「そうかな」
上の空で返答しながら、マリアローズを思うことに羞恥なんて感じない自分がむしろ誇らしかった。そもそもどこに恥ずかしさを覚えろと言うのかもアジアンにはわからないのだが。「今日は素晴らしき日でありますように、ですね」
悟ったふうの仲間がそう呟いた。